「となりの式場」だけを競合視してはいけない。デジタル技術を活用する“マーケティングの本質”とは【Wedding-UP DX ~デジタルの可能性を探る~ #005】

「となりの式場」だけを競合視してはいけない。デジタル技術を活用する“マーケティングの本質”とは【Wedding-UP DX ~デジタルの可能性を探る~ #005】

昨今、日常的にも耳にする機会が増えている「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉。経済産業省によると「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されています。

新型コロナがきっかけで社会全体のDXが急速に進む中、ウエディング業界も変革を迫られています。結婚式を取り巻く環境やニーズの変化に応えるためには、DXが必要不可欠だと言われるようになったのです。

しかし、結婚式という「リアルであること」を前提とするサービスを提供してきたウエディング業界はデジタル化が進みにくく、現状、DXが推進されているとは言い難い状況です。

そこで結婚あした研究所では、業界のDXを推進すべく、早くからDXに注力している企業を取材し、なぜDXが必要なのか、注力するに至った背景を発信する「Wedding-UP DX ~デジタルの可能性を探る~」という新企画をスタートします。

第5回目となる今回は、ウエディング事業を中心に幅広くビジネスを展開する株式会社テイクアンドギヴ・ニーズ(以下、T&G)を取材。同社は他のウエディング企業向けにCRM(顧客管理ツール)運用代行サービス「Anchor」を販売するなど、ウエディング業界の中でも先進的な取り組みを実施しています。LTV(ライフタイムバリュー)事業を中心に、イベント事業やCRMサービス代行事業などを手掛ける執行役員 事業戦略本部長 兼 新規事業企画部の部長、岩田能さんにお話をうかがいました。


■プロフィール
株式会社テイクアンドギヴ・ニーズ
1998年創業。「人の心を、人生を豊かにする」を企業理念とし、「一顧客一担当制」「一軒家貸し切り」が魅力のハウスウエディングのパイオニア。ウエディングで培ったホスピタリティを礎に、グループでTRUNK(HOTEL)などのホテル事業を展開。日本にブティックホテル市場を創るという新たな戦略を柱とし、経営基盤の強化と資本効率改善による企業価値向上に取り組んでいる。公式サイト


DXでプランナーの「バリュー」を最大限発揮する

――御社におけるDXの位置付けやウエディング業界にDXが必要だと感じられる理由をお聞かせください。

「ウエディングプランナー」とは、プランニングができてクリエイティブで、感情面から視覚的演出まで総合的にプロデュースすることができる人材だと、私たちは考えています。そういったプランナーがたくさん生まれる会社にしたいと考えたとき、プランナーをクリエイティブでない業務から解放する必要がある。それを実現できるのがデジタル技術の力だと思っています。

例えば、人間の力だけで現状から100倍の作業をしようとすると、当然100倍の人件費がかかります。しかし、デジタル技術を活用すると、作業を100倍にしてもコストは2倍で済むことがある。デジタル技術を活用してプランナーの工数を減らし、“人間がやるべき仕事にコミットできる環境”をつくることはDXのテーマのひとつだと思います。言い換えれば、DXを推進しないことは、掃除機を使わずに手で掃除をさせることや洗濯機を使わずに洗濯をさせることと一緒。人間を大事にする会社であればあるほど、デジタル化をどんどん推進すべきものだと思います。

――実際にデジタルツールを導入したことで、業務のどのような点に変化があったのでしょうか。

デジタルの利点の一つに「仕事に抜け漏れが生まれない」という点が挙げられます。プランナーは良い結婚式を作るために、例えば「本当におふたりの想いが反映されているか」「オリジナリティがあるか」を考えることこそが仕事です。そのため、接客後の「接客完了報告」は、本来不要な作業の一つだと思います。不要な作業の強制は抜け漏れの発生を誘発させ、データの精度を著しく悪化させます。そのため、当社ではプランナーが報告作業を行わなくても済むような基幹システムを構築しています。

具体的には、新規接客用に打ち合わせブースを抑えた時点で「問い合わせ」としてカウント、お客様に記入していただくアンケートが完了したら「接客」としてカウント、最終的に申込書の記入が完了したら「契約」としてカウントするなど、その時に起きるアクションのトランザクションデータを拾ってステータスを整理する仕組みになっています。そのため、本社への報告業務を一切無くすことが可能になりました。基幹システムとCRMツールを連携させることで、抜け漏れや解釈の誤差がなくなるので営業KPIのカウント精度はものすごく高くなったと思いますね。

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T&Gで働くウエディングプランナーのようす(提供:T&G)

数的根拠をもとに検証を繰り返すことはマーケティングの第一歩

――御社はCRMツール「Anchor」の提供も手掛けられています。そもそもCRMツールを導入しようと考えたきっかけを教えてください。

LTVを意識した時に、当社の顧客ロイヤルティはプランナーと式場に向けて生まれることが多く、T&Gという企業に向けられている訳ではないという点が課題といえます。プランナーに向けられたロイヤルティは極めて属人化しやすく、プランナーの異動や退職に伴い、顧客との関係性も途切れてしまいます。そこで、『企業として』顧客へアプローチする導線を持つためにCRMツールを導入しました。

契約(購買)から挙式(施行)までに顧客接触機会が約7ヶ月間もあることは私たち結婚式業界の強みなので、その長い準備期間を活用して顧客ロイヤルティをプランナーから会社にコピーしていこうと考えました。この7ヶ月間を、しっかりとT&Gの認知をしてもらい「“T&Gで”結婚式を挙げて良かった」と思ってもらえる、価値実感を醸成する期間にしようと定義しました。

ウエディング業界における顧客との接触シーンは、結婚式場を決める「受注前」、「打ち合わせ期間」、「挙式後」の大きく3つのフェーズに分けられています。LTVを考えると、どうしても「挙式後」が注目されがちですが、実は打ち合わせ期間や受注前でも多面的に活用できるのがCRMです。

CRMツール「Anchor」の紹介動画(公式サイト

――CRMツールの導入後は具体的にどのような変化があったのでしょうか。

「結論の出る議論」が圧倒的に増えました。配信によるテストデータがすぐに貯まり可視化されることで、仮説をもとにすぐに検証でき、結果もすぐに現れるので同じ議論は二度と発生しません。『予約以降、いつアクションすれば来館が増える』とか『ハネムーンはいつのお客様が一番反応良い』等、肌感覚で議論することがなくなっていきました。CRMツールを導入したことで、テスト結果に基づいたジャッジが加速したのは強みだと感じています。

当社はありがたいことに挙式件数(顧客数)が多いため、数値の信憑性は一定高い水準にあります。そのため、数々の検証結果をもとにPDCAを回していくことで、実際に原価やレートの改善ができています。すぐにテストができる環境、そしてアクションの改善につながる結論が出せることは「マーケティング」の一つの重要な成功条件です。

マーケティングにはデジタル技術の活用が絶対に必要です。デジタル化を推進するにはそれが推進されなかった場合のデメリットをしっかりと認識する必要がありますが、企画部門において、ウエディング業界のデジタル化が遅れたことの一番の実害は、マーケティングのHowを持たなかったことではないでしょうか。事実、ユーザーの心理の変化を的確に把握できなかったために、ブライダルマーケットはシェアこそ変われど広がらなかった。例えば、自動車業界のように業界全体でユーザーの心理変化や態度変容などをタイムリーに捉えて、機能、または情緒的価値の訴求ができていたら、結婚式マーケット自体が大きくなる瞬間があったのかもしれません。

競合は「となりの式場」だけではない。マーケット全体の活性化に向けて業界全体でDX強化を

――今後、ウエディング業界全体で強化すべき点や求められていることは何だと思いますか。

やはり「戦う相手は誰なのか」を一層真剣に見極め、対象ごとに戦略を分けて考えていくことが必要です。現場のプランナーにとっての競合相手は「となりの式場」で良いかもしれませんが、会社単位でもそうなってしまうと危険です。「となりの会社」と戦っているうちにマーケット全体がシュリンクしてしまっているという事実と向き合うべきだと思います。大手数社で寡占化されたプロダクトの業界では、マーケットシュリンクの課題は大手に集中しがちですが、シェアが大きく分散したウエディング業界においてはこの脅威はほぼ均等に配分されています。対他業界と視点を置いた時には、ユーザー理解は花嫁理解に留まらず複雑化するため、マーケティングを中心に組織を設計していく必要があるのではないでしょうか。

さらに、マーケティングのPDCAを循環させるには、仮説とデータ検証の工程を欠かすことはできません。そのため、企画職の人材に、共通言語となる一定のデジタルリテラシーがあること大前提です。
一方で、「ノーコード」という流行ワードに代表されるように、デジタル技術側の歩み寄りも大きく進んでいます。ウエディング業界はITのプロダクト開発を生業としないので、システム部門を除けば高度なデジタルリテラシーを必要とするシーンは多くありません。結果、デジタル技術の扉はデジタル部門以外にも十分に開かれており、ウエディング業界はこれをマーケティングに大きく活用すべきだと考えています。

――なかには社員やお客様のデジタルリテラシーを気にして、デジタルツールの導入に二の足を踏んでいる企業も少なくありません。

社員もお客様も日常的にスマートフォンを利用し、説明書がないLINEやZoomを使い、あらゆる隙間時間をInstagramなどのSNSに消費しているのですから、デジタルリテラシーがないわけがありません。「リテラシーがない」は相当な誤認識で、十分にメリットを伝えることができていないから向き合わないだけ、と捉えるのが自然です。メリットを理解できれば、種類の全く異なるアプリの壁を平気で乗り越えていくだけのリテラシーは十分にあるのです。

CRMにせよ、SFA(営業支援ツール)にせよ、メリットに主眼を置いて正しく説明することができない場合に利用者が難しく感じてしまうだけで、お客様も現場にいる若いスタッフも本来リテラシーは高いはず。これをユーザーのせいにするのは無責任だと考えると組織がポジティブに動きます。あえて言えば、デジタルリテラシーはある程度世代と相関するのは間違いありませんので、若い世代が積極的に企画に関わっていくべきですし、これは若い世代に活躍のチャンスを与えることにも繋がります。当社の事例ですが、幹部がTikTokの活用について議論している間に、入社数年のサービススタッフから得意な人材をアサインしたプロジェクトチームが、たった2週間でアカウントの取得からキャンペーンの立ち上げ、実施までを実現しました。そこで得られたテスト結果は今後の活用方針を検討する上で重要な実績となりました。

私たちがウエディング業界の素晴らしい提供価値をより多くのお客様に届けていくためには、デジタル化をゴールにせずツールと捉え、まずは恐れず積極的に業務効率化やマーケティングに活用していくことがますます重要になっていくと思います。

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