仕事も愛も「わからない」からはじまる。声優・江口拓也が語る「覚悟」の決め方

仕事も愛も「わからない」からはじまる。声優・江口拓也が語る「覚悟」の決め方

「夢は叶わないものです」

着々と夢を叶えてきたように見える人が放った、この言葉。

その続きにはこうある。

「夢をみているうちは叶わないんだと思います。現実として捉えて、初めて実体を掴めるというか。現実として向き合った時に、自分に合ってるかどうかが初めてわかる」

高校生で声優を志し、卒業後は自力で学費を賄いながら専門学校へ。在学中にオーディションに合格し、学生生活と養成所通いを両立させた先に、21歳で声優として初仕事。2018年にはデビュー10周年を迎えた。

「夢なんか存在しません。あるのはいつだって、現実です」

この言葉に触れたとき、「覚悟」の人だと思った。

未来はいつだって不確かだし、世界は捉え方によって姿を変える。人のことなんてわからない。だからこそ、自分で考え抜いた先に自分の覚悟を決めてきた人。

江口さん_1.jpg自分の人生を歩いてきたこの人に、一つ聞きたいことがあった。

夢、仕事、人間関係、愛。人生わからないことばかりなのに、どうして自分の覚悟を決められるんですか?

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▼プロフィール
江口拓也(えぐち・たくや)

声優。アニメや漫画、ゲーム好きだった幼少期を経て、高校在学中に声優を志す。高校卒業後、新聞奨学生として専門学校の声優・俳優科に在籍。20歳でオーディションを受けて合格、専門学校と養成所を並行させる。21歳でデビューし、『黒子のバスケ』など数々の作品に出演。服、カレー、恐竜好き。Twitter @egutakuya
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「それしかない」から決められた

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── 声優を志したとき、どんなことを考えていたんでしょうか?

 中学生までは特に夢もなく、実家で淡々とした日々を過ごしていて。でも将来を考えたときに、その先の人生を思い描けなかったんです。やりがいを感じる何かを持ちたい。そう思って高校生のときに決めた道が、声優でした。

── その後どうやって夢を叶えられていったんでしょう。

声優の専門学校に行くならお金を払わない、と両親から反対されて。お金はないけれど、東京に行って学校に通いたいと思っていました。調べると、新聞配達をすれば学費を免除してもらえるらしいことがわかりました。これなら学校に行ける、ラッキーって思って、新聞奨学生(※)になりました。当時の自分にとって、選択肢がそれしかなかったんです。 

※ 新聞奨学生:新聞社の奨学金制度を利用する学生のこと。学生が在学中に新聞配達の業務を担うことを条件に、新聞社が学費を負担する。

── 「それしかない」からこそ決められた覚悟だったのかもしれませんね。

専門学校に入ってからは、毎朝3時台から新聞配達。昼は学校、夜も配達で、睡眠時間は3時間ほど。入学して1年半が経った頃、朝の薄明かりの中で用を足したら、いつもと色が違って。血尿が出たんです。

ここまで身体に変化が出るほどストレスがかかったことは、人生で一度もなかった。今までにない自分に出会った感覚で、笑っちゃったのを覚えています。

あ、こんなに自分を追い詰めるくらい頑張れるんだったら、きっと声優をやっていけるだろうな、って。自分で自分の覚悟に本物を見出せた瞬間でした。

「自分がどう思われるか」を捨てた

── 声優のお仕事を10年続けてきて、ご自分の変化はありましたか?

以前は、キャラクターではなく自分を「どう受け取ってもらえるか」に意識が向いていました。だから「このキャラクターはこの人であって、自分じゃないんだよ」って自分自身に刷り込ませるのが大変で。

例えば、甘いセリフを言うことに抵抗があったんです。普段の自分が使わない言葉だから、セリフを発しているキャラクターじゃなくて「自分」に意識がいってしまう。自意識みたいなものを抑え込むのに必死でしたね。

そうやって自分の中にあるものだけでぶつかっていたから、自分が感じてきたものや自分の人生に適応させたニュアンスしか表現できなかったんですよ。年上よりも同い年の役のほうがやりやすい、みたいな。

だから、自分の中にないものを無理やり作りあげようと苦戦したり、実際の自分とのギャップに葛藤したりしていましたね。

江口さん_3.jpg── そこからどう変化されたんでしょうか。

今はもうなんでもできます。「このセリフが言いづらい」とか一切なくなりました。

キャラクターの人生を演じることそのもの、チームで一緒に一つの作品を仕上げていく過程、どちらも楽しい。この作品が何を大切にしたいのかを捉えて、そのために自分はどんな演技をするのか。作品を構成する一部としての自分、という認識になりました。

どう演じたとしても受け取り方は人それぞれだから、自分がどう思われるかなんて考えても仕方ないんです。それなら作品に関わる方々が描いている世界観を想像して、自分なりに演じてみる。あとはお客さんに託そうと。結果、好きでも嫌いでもいい。「どう受け取ってもらえるか」から「どうつくるか」に意識が変わりましたね。

── 今はどのようにキャラクターをつくられていますか?

僕はまず、情報を元に「この絵からはこういう音が出てほしいな」って想像します。そうやってキャラクターの出発点を作って、あとは現場の流れに乗りますね。事前に決めすぎずに、現場での変化を楽しみたくて。

他の声優さんの言葉を聞いて、「そうくるんだ」と思いながらキャラクター像を調整することもあります。自分じゃない誰かの考え方やニュアンスが加わるほど、自分が意図していなかったものに気づけることがおもしろいですね。

「わからない」を全身で引き受ける

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── 作品を生み出す人と作品を表現する人が異なるアニメのお仕事で、声優として表現する際に意識していることはありますか。

生みの親が違いますからね。「作者の意図を答えよ」なんて言われてもわからないじゃないですか。できるだけ察するしかない。そのためにひたすら考える。

自分なりに考えた解釈が正しいかどうかは現場で判断していただいて、「違うよ」って言われたら修正する。でも「このほうがいいんじゃないですか」って伝えたときに「あ、そうかもしれないね」って正解になる場合もあります。できるだけ考えて、あとは関わる人たちと一緒につくっていく認識です。

── 先ほどの「どう受け取ってもらえるか考えてもわからないと気づいた」お話もそうですが、「人のことは究極わからない」という考えが今の江口さんのベースにあるように感じます。

自分の感情すらもわからないのに、人のことなんてわかるはずがない。存在を認めるだけで良くて、わかろうとすることがそもそも間違いなんじゃないかな。

その人がどう思っているかを想像したところでわからないから、人や目の前の物事に対して「自分が何をするのか」に意識を向けるしかないと思うんです。自分の力じゃどうにもならない部分があるからこそ、自分がどうにかできる部分で努力しようと。

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── 江口さんは「愛」について、「相手の求める量がある。相手のことを考えてあげるのが、愛なのだと思います」と書かれていました。与えられた水の量が多すぎて枯れてしまったサボテンのイラストを描かれていましたが、相手がほしいと思っている愛の量もわからないですよね。

そうなんですよ。これって本当に難しくて。例え水の用量を守れたところで、虫がついたら終わり。ちゃんと生きられるかなんてわからない。そしたらもう、自分にできるのは思いやることだけ。

自分があげたい分だけあげることをしない。自分のため、相手のためだけになっていないか。相手への思いやりの正解も、全くわからないですからね。でも「わからない」という意識を持つだけで、見えてくる世界が変わってくるはずだ、って思っています。

「どう生きるか」と向き合いながら

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── 江口さんは「わからない」を引き受けた上で、考え続ける覚悟、声優として生きる覚悟を決めていらっしゃるように感じます。

この仕事は、「どう生きるか」が常に問われていると思っています。僕は自分が感じてきた感情、プラスだけでなくマイナスの、悔しさ、どうしようもない憤り、なんでだよってむかつくことも、全部引き出しに入れておくんです。そういう感情って、その瞬間にしか出ないものだから。

出会ってきた感情から音を作ったら、他の誰にも出せない声になる。自分が感じてきたもの全て、自分の人生そのものを落とし込んで表現できる仕事ですから。

「どう生きるか」によって、自分がこれから出会うキャラクターのニュアンスが変わってきます。たくさんの感情を持ったことがあれば、使える手札も増えてくる。

だから結局は、普段の自分がどこまでセンサーを張れるか。どれだけ行ったことのない場所に行って、人と会って、感受性を養うかなんだと思っています。

── そうやって仕事に限らずプライベートでも動き続けることは、江口さんにとって苦にならないんですか?

以前は人と話すことが得意ではなくて。でもこの仕事をする上で何を選択すべきかを考えていったら、苦手なことへの挑戦も楽しみの一つになった。難易度の高いゲームをしている感覚です。声優をやるって決めたときに、もう覚悟を決めましたね。毎晩飲みに行くのも、感情を探すゲームのようなもの。

そういう苦手なことをなんで乗り越えられたかって、乗り越えずに声優をやめるか、乗り越えて声優を続けるかを天秤にかけたときに、その都度「それでも声優をやりたい」と思ったから。

この仕事をやりたくてやっているから、「難しい」と悩むことはあっても、「無理」「やりたくない」とはなりません。「どうやったらできるんだろう」って考えることが楽しい。真剣に遊ぶ感覚で仕事していたいですね。

自分の人生によって声が変わってくるからこそ、そのままの自分で表現したい。いつでもなんでもできる状態にしておきたくて。そのためには自分のあり方を常に考える必要があるから、「どう生きるか」を自分に問い続けたい。そうやって生きていこう、って今は思っています。

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※ 引用…『江口拓也の概念惑星』 概念No.1「愛」、概念No.2「夢」
(取材・文:菊池百合子 / 写真:土田凌/企画編集:ウエディングパーク
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江口さんが「ドラマティックさよりも日常を表現するために、できるだけフラットなイメージで作りあげた」と語る男性が登場する、ウエディングパークWEB限定CM。今回の作品はプロポーズ中のカップルの前に妖精「ウエパ」が現れ、二人をスマートフォンでの結婚式場探しの旅に連れ出すというストーリー。

アニメーションは人気イラストレーターのはしゃさん、カップル男性役を声優の江口拓也さん、女性役を加藤英美里さん、ウエパを田中あいみさんが担当し、結婚準備中の幸せな世界観を表現してくれました。

詳しくはプレスリリースをご覧ください。

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