次世代マーケティング研究室
2024.05.10
人生設計のきっかけになるゲームから、「結婚」を考える。産学連携プロジェクトの先に拓かれた可能性
結婚に対する考え方が多様化し、結婚や挙式を選択しない人が増えています。ウエディング業界がこのような変化に対応するには、結婚・結婚式のあり方をアップデートしながら、新しい価値をつくっていく必要があるのではないでしょうか。
次世代の思考や価値観を知り、ウエディングにおける新しい選択肢を増やしたい。そのためのヒントとして、Z世代を中心にした「次世代」に着目し、連載をスタートしました。
この連載を通じて、業界や社会の皆さんと一緒に結婚文化の未来を描いていきたいと考えています。
一回目は、次世代の声を取り入れながら結婚文化を未来につなぐ取り組みとして、ウエディングパークが千葉工業大学・八芳園と実施した産学連携プロジェクトを取り上げます。
このプロジェクトは「楽しく人生設計ができる仕掛けづくり」をテーマに掲げ、2024年1月から3月に実施。結婚を含めたさまざまな人生の選択を後押しするカードゲームを学生が作成しました。
取り組みの過程と成果について、プロジェクトを推進した千葉工業大学の西田絢子准教授と、株式会社ウエディングパークの松浦歩美さんにお話を伺います。学生として参加した千葉工業大学の小室諒輔さん、髙砂尚吾さんも交えて、本プロジェクトの意義を考えました。
■ プロフィール
千葉工業大学 西田 絢子(にしだ あやこ)
千葉工業大学 創造工学部 准教授。デザイン科学科にて、プロジェクトデザインを中心にさまざまな社会課題の解決および研究に従事。プロジェクトを設計し、その過程をもデザインできるリーダーの育成を目的に活動している。 研究室公式サイト
株式会社ウエディングパーク 松浦 歩美(まつうら あゆみ)
ウエディングパーク 次世代マーケティング研究室 プロデューサー。式場の広告営業を経て、フォトウエディングのメディア開発、マーケティングを担当。次世代マーケティングの必要性を提案し、研究室を設立。
広がっていく選択肢から、自分の選択をする難しさが課題に
── プロジェクトのテーマとして「人生設計」に決めた背景には、どのような経緯があったのでしょうか。
ウエディングパーク 松浦:大学生に取り組んでもらうテーマを考えていたときに思い至ったキーワードが、「選択肢の多さ」でした。
ウエディング業界の課題で言えば、婚姻数の減少が続いているため、若い世代に結婚・結婚式の価値を伝えることも重要だと思います。ただ、若い世代の目線で考えてみると、結婚に限らず人生のさまざまな局面における選択肢が広がっている一方で、自分が納得できる選択をするための「人生設計」を考える機会がないことが課題なのではないかと考えました。
▲ ウエディングパーク 松浦歩美さん
── 多様な選択肢から自分が何を選んでいくのかを考えるきっかけがないことが、課題だと考えたんですね。
ウエディングパーク 松浦:はい。そこでプロジェクトのゴールを結婚・結婚式に限定せずに、「楽しく人生設計ができる仕掛けを提案すること」に設定したんです。将来への希望と不安を併せ持つ大学生だからこそできる提案をしてほしいなと考えました。
── 西田先生は今回のテーマにどのような意義を感じられましたか?
千葉工業大学 西田:プロジェクトを通じて学生が自分の将来を考えますし、「婚姻数の減少」「少子化」といった社会的なトピックにも向き合うきっかけになるので、「人生設計」はぴったりのテーマだなと思いました。
▲ 千葉工業大学 西田絢子准教授
── 全体の進め方は、どのような設計にしたのでしょうか?
ウエディングパーク 松浦:アウトプットのお題は、「自分が大切にしたい価値観に気づくゲーム・ワークショップ企画」に設定しました。学生には1ヶ月半ほどかけてアイデアの検討とプロトタイピングを進めてもらい、完成したプロダクトを発表してもらいました。
千葉工業大学 西田:今回は授業外のプロジェクトとして、2年生と3年生から合計12名が参加しました。
▲ ウエディング業界と次世代がそれぞれ抱える課題を踏まえ、アウトプットのテーマを設定
初めて体験した「結婚式」を通じて変化したこと
── 続いて、プロジェクトの詳細について伺います。スタートには、どのようなプログラムを用意したのでしょうか?
ウエディングパーク 松浦:学生と最初に顔を合わせたオリエンテーションでは、ウエディング業界の現状を知ってもらうことを目的に、プログラムを検討しました。
ここで西田先生のご提案があって、学生に結婚や結婚式の現状について事前に調べてもらい、オリエンテーションの日に発表してもらったんです。
千葉工業大学 西田:知識のないテーマに取り組む前に、「結婚式を挙げる人って本当に少なくなっているのかな?」「なぜ減っているのだろう」と自分なりに仮説を立てるほうが、学びが深まると考えたからです。
▲ 学生によるプレゼンテーションの様子
── 結婚や結婚式について調べて発表したことで、どのような気づきがありましたか?
学生 髙砂:調べる前は、「結婚」自体が遠い存在だと感じていました。結婚式といえばドラマやCMでたまに見かける程度なので、大人数を招待するか、もしくは親戚だけか、どちらかのイメージしか持っていなかったんです。
でも調べてみると、オンライン結婚式のように新たな形が登場したり、個性を重視するようになっていたりと、自分がイメージしていた定番の結婚式以外にもさまざまな形が増えていると知りました。
▲ 千葉工業大学 4年生 髙砂尚吾さん
学生 小室:一方で周りの人にアンケートをしてみると、結婚式が多様化している事実を知っている人が少なかったんです。式の多様化について知ったら、挙式しなくてもいいやと思っていた人でも、結婚式を挙げようと思うかもしれません。挙式しなかったことを後悔している人の存在も知ったので、後悔しない人生を歩めるヒントになるようなプロダクトをつくりたいなと思いました。
▲千葉工業大学 4年生 小室諒輔さん
── 松浦さんは、発表を聞いてどう感じましたか?
ウエディングパーク 松浦:結婚式の自由度が上がってきている現状が、これから結婚する世代に届いていないことを実感しました。業界から見えている景色との間に大きなギャップがあるのだな、と気づかされたところです。
▲ 学生のプレゼンテーションより
── オリエンテーションでは、他にどのようなプログラムがあったのでしょうか。
ウエディングパーク 松浦:八芳園の皆さまにご協力いただき、式場見学ツアーを実施していただきました。
学生 小室:披露宴の会場で、新郎新婦のムービーを見せていただいたんです。僕たちにとって知らない人のムービーなのに感動して、気づいたら涙が出ていて。見学前は「結婚式を挙げるつもりはない」と頑なだったメンバーも、見学を終えたら「結婚式やりたい!」と言っていましたね(笑)。
それだけ大きな気持ちの変化があったので、結婚式を挙げなくていいと思っている同世代も同じ体験ができたら、挙式率が下がっている問題へのアプローチになるのかなと思いました。
学生 髙砂:結婚式場には、機会がなければ行くことすらできない敷居の高さを感じていたので、貴重な経験になりました。式場の方々から新郎新婦に対する思いを感じたことが、特に印象に残っています。新郎新婦にとって大切な日をつくる業界なのだと実感して、プロジェクトの一員として携われることが嬉しいと感じました。
▲ 八芳園での式場見学の様子
デザイン思考でアイデア出しからプロダクト制作まで実践
▲ プロジェクト全体のスケジュール
── オリエンテーションの後は、どのように進めていったのですか?
ウエディングパーク 松浦:お題である「自分が大切にしたい価値観に気づくゲーム・ワークショップ企画」に向けて、学生にアイデア検討とプロトタイピングを進めてもらいました。
共通の道具として、当社で使用している「デザイン思考」の実践フォーマットを共有しています。その型をもとに、どのような企画にするのかを議論を重ねてもらいました。
千葉工業大学 西田:「ゲームとして楽しいだけで終わっていないか」「このゲームをすることが、本当に人生設計につながるのか」といった問いに向き合いながら、さまざまな壁にぶつかったり落ち込んだりしている学生に並走する日々でした。
── 企画を形にしていく段階で、特に印象に残っていることはありますか?
学生 小室:本人が自覚していない欲求や感情を指す「インサイト」を見つけるまでに苦労しました。議論の最初にインサイトを見つけようとしたら、表層的な案しか出なかったんです。結局、課題やビジョンについて議論するうちにインサイトもおのずと見つかったのですが、そこにたどりつくまでに時間がかかりましたね。
学生 髙砂:対照的に、僕たちのグループでは、課題の背景やビジョン、インサイトをスムーズに見つけることができたんです。ただ、見つけたことを提案物に落とし込めず、アイデアとの一貫性がないことが課題になりました。その差を埋めるためにグループで何度も夜遅くまで話し合ったことは、今でも鮮明に覚えています。
▲ 学生がプロトタイプを作成している様子。講義で学んだ「デザイン思考」を実践する場となった
── そのようなプロセスを経て、できあがった成果物について教えてください。
学生 髙砂:僕たちのグループが制作したのは、カードゲーム「霧晴れ川柳」です。自分たちが将来について考えたときに、結婚に限らず今後の人生に対して不安や焦り、悩みを抱えていると気づいたので、自分たちと同じように言葉にしきれないモヤモヤを抱えている人をターゲットに設定しました。
なぜならモヤモヤした状態のままだと、自分の感情が自分でも分かりづらいことに気づいたんです。それならゲームを通じて感情の解像度を上げることで、自分と向き合うきっかけにしてほしいと思い、「霧晴れ川柳」を制作しました。ゲームを進めることで、自分の目標に対する解像度が上がる仕掛けになっています。
▲ 「霧晴れ川柳」では相談者が共有した悩みに対し、他のプレイヤーが川柳で応える。表面から見えにくいものに光を当てる川柳の性質を活用。ゲームが進むことでカードの霧が晴れていくデザインに仕上げた
学生 小室:僕たちのグループは、話し合いをメインにしたカードゲーム「めっちゃそう思う!」を制作しました。カードに書かれたお題に対して、プレイヤーは自分の意見を表明します。それぞれの意見を聞いて話し合うなかで、相手のいいところを見つけて、カードに書いて議論の後に相手に渡す仕組みです。
お題を通じて自分の未来について考えたり、もらったカードから自分のいいところを知れたりする仕掛けを大切にしました。事前リサーチで僕たちは「結婚式を挙げなくて後悔した人」に着目したので、お題には結婚に関するテーマも入れていて、後悔しない選択をするきっかけになればと思っています。
▲ 「めっちゃそう思う!」ゲームでは、否定的な言葉であってもポップに受け取れるようなデザインにすることで、誰でも率直に意見を出しやすく、明るい雰囲気で話せるゲームに仕上げた
── 最終発表会はどのような形式で実施したのでしょうか。
ウエディングパーク 松浦:学生にゲームについてプレゼンしていただいた後、西田先生と当社の社員に加えて八芳園の方々にもご協力いただき、両方のゲームをプレイする時間を設けました。
── 実際にプレイしてみて、成果物にどのような感想を持ちましたか?
ウエディングパーク 松浦:期待以上の成果物を仕上げてもらい、「コミュニケーションによって、ここまで心が動くものなんだ」と驚きましたね。ゲームを通じたコミュニケーションと、そして学生がこだわってくれたデザインを通じて、言葉にしにくい人の価値観や感情を楽しく引き出せることを教えてもらいました。
── 今回の成果物を、ウエディング業界で今後どのように活かしていきたいですか。
ウエディングパーク 松浦:ゲームで価値観を共有することで、カップルの関係性を深められるのではないかと考えています。例えば結婚式を控えているカップルから「お互いが何を大切にしているのかを言語化するのが難しい」と聞くので、今回のゲームをカップルが使うことで、自分たちらしい結婚式を考えるきっかけになりそうです。
産学連携のプロジェクトだからこそ得られたもの
── このプロジェクトを経て、学生のお二人はどのような学びがありましたか?
学生 小室:講義で習ったデザイン思考について、ウエディングパークのデザイン思考三段方程式を教えてもらったことで「こんなに分かりやすく進められるんだ!」と学びになりました。アイデアを提案するまでの過程が可視化されて分かりやすかったので、これからもアイデア出しに使っていこうと思います。
▲ ウエディングパークから学生に共有した「デザイン思考三段方程式」。目標から達成のためのプロセスまでを、一枚のシートにまとめている
学生 髙砂:ウエディング業界は「人を思う」ことを大切にしていると感じたので、本当に使う人のためになるのかを何度も見直して、ブラッシュアップを繰り返しました。プロダクトを使う人のことを徹底的に考える進め方が大きな学びになったので、今後の企画にも活かしたいと思います。
── 産学連携のプロジェクトを通じて、大学と企業にとってどのような未来につながったと感じていますか?
千葉工業大学 西田:座学で習得した知識を実践するには高いハードルがあるのですが、企業とのプロジェクトを通じてそのハードルを超えられると感じました。参加した学生はみんな、大きく成長したと思います。
ウエディングパーク 松浦:今回の課題設定は、選択肢が多い状況に対して人生設計を考えるきっかけがないことです。まさにその課題を抱えている学生が成果物を仕上げてくれたことで、「結婚」が単体で存在するのではなく、人生における一つのイベントとして「結婚」があることに、あらためて気づかされました。
ウエディング業界においても、お客様の結婚だけでなく人生とどう向き合うのかを考える必要があることを、学生に教えてもらったと思っています。今回の学びを今後のテーマへと発展させながら、結婚文化の未来について、大学や業界の皆さんと一緒に考えていきたいです。
(取材・文:菊池百合子 / 写真:関口佳代/ 企画編集:ウエディングパーク)