夫婦・パートナー
2018.09.14
絶対的“エース”棚橋弘至、家族からもらった「強さ」で闘ってきたプロレス人生の軌跡
「明日死んでもいいから、今にすべてを賭ける」
身体と身体がぶつかり合い、まばゆい火花を散らす命がけの試合。
その「瞬間」が魅せる夢のはかなさ、圧倒的な非日常性、そして自らの明日を省みずに全力で闘う勇気。そんな「明日を見ない」刹那的な生き方が、プロレスを目の当たりにした者の心を大きく揺さぶります。
一方で、プロレスラーという生き方は、これからともに人生を歩んでいくことを望んで結びつく家族の存在と大きく矛盾するのではないか。
そう疑問に思っていたら、そんな矛盾をも自らの強さに変え、「理解されない」職業の未来を自らの人生を以って切り拓いてきた人がいました。
来年には選手生活20年目を迎えるベテランながら「レジェンド」と呼ばれることを拒み、怪我を負いながらも日々闘い続ける42歳のプロレスラー・棚橋弘至さん。
2018年8月には、新日本プロレスが主催する最大級の大会「G1 CLIMAX(ジーワン・クライマックス)28」で3年ぶり3度目のチャンピオンに輝いたエースが、その先に見据える未来とは──。
矛盾を抱えながらも、大切な存在のために闘っているすべてのひとに贈るインタビューです。
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▼プロフィール
棚橋弘至(たなはし・ひろし)
1976年岐阜県生まれ。新日本プロレス所属のプロレスラー。祖母の影響で幼い頃からテレビでプロレスに親しみ、次第にプロレスラーへの憧れを抱くようになる。立命館大学でプロレス同好会に入ったことからプロレスラーを目指し、1999年新日本プロレスに入門。怪我を重ねながらも、「100年に一人の逸材」として幾度もチャンピオンベルトを掴む。2003年に結婚し、長女・長男がいる。2016年、ベストファーザー賞を受賞。
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プロレスラーを目指したのは、強くなりたかったから
── 棚橋さんがプロレスラーになることを決めた理由が「強くなりたかったから」と著書で拝見したのですが、なぜそう思ったのでしょうか。
子どもの頃の僕は勉強も運動もそこそこできたけれど、周りには自分より勉強ができる子も、足が速い子も野球がうまい子もいる。さらに、すごく恥ずかしがり屋で赤面症だったんですよ。すぐに顔が真っ赤になっちゃって、女の子としゃべれない。だから、ずっと自分に自信がなかったことが理由です。
プロレスに熱中しはじめたのは、高校生のとき。プロレスラーは年間150試合もやっていて、試合の次の日にはまたケロッとした顔で戦っていることに気づいたんです。じゃあ、僕もプロレスラーになったら自分に自信を持てるんじゃないか、強くなれるんじゃないか。そう思ってプロレスラーになる道を選びましたね。
── 大学卒業後に入門された新日本プロレスの合宿所では「デビューするまで一切外出禁止」というルールがあったそうですが、他にも過酷なトレーニングから厳しい人間関係まで、我慢しなければならない場面もたくさんあったかと思います。それでも心折れずに駆け抜けた棚橋さんに耐える力をくれたものって何だったんでしょう。
覚悟、だと思います。プロレスを好きという気持ちだけじゃプロレスを続けられないけれど、やっぱり好きじゃないとできない。そして、自分が本当に好きなものを仕事にできる幸運ってなかなかない。それでも自分は、こうして好きなことを仕事にできている。それならこの道で生きていくために、目の前のことに全力で向き合おうと決めています。
棚橋弘至が唯一無二のエースになれた理由
── 棚橋さんが発する言葉からは、プロレスそのものを背負う覚悟をひしひしと感じられます。その覚悟ってデビュー当初とは異なるものだと思うのですが、デビューからこれまでのどこかで、リングに立つ意識が変化したのでしょうか。
変わりましたね。デビュー当初は自分がかっこよく見られたい、難度が高い技を決めたい、自分を応援してほしいって気持ちが強くて、「自分」が第一にきていました。
でも、チャンピオンになった頃から「他者」のために何かできないかなって思い始めたんです。「自分のために」じゃなくて「誰かのために」のほうが力が出るようになって。しかも、お客さんに楽しんでもらうために試合を盛り上げたら、会場の応援も盛り上がって結果的に僕自身がいつも以上のパフォーマンスができるようになる。結局は、他者のために頑張ることが自分にも返ってくることに気がつきました。
── その気づきがあったのは、棚橋さんご自身が結婚されてお子さんが産まれたタイミングとも重なりますか?
大切にしたい存在ができたからこそ、目の前の試合に集中するだけでなく、一歩引いて見ることもできるようになった自分がいます。プロレス界にとって自分がどういう位置にいて、何を求められているのか。どんな存在であるべきなのか。自分自身だけでなく、プロレス界全体をも俯瞰するようになりました。だから今も、プロレス界全体を僕が引っ張るんだっていう覚悟でプロレスを続けています。
── そんな未来をともにしたい家族の存在と、刹那を生きるプロレスラーという仕事とは、棚橋さんの中で矛盾していないんでしょうか?
していないですね。僕は両立しました。試合前に入場曲が鳴って、エントランスゲートから入っていく。その瞬間、以前はいつも「楽しもう」「頑張ろう」と目の前の試合のことだけを考えていました。でも家族ができてからは、子どもの顔がパッと浮かぶようになって。「よーし、今日もお父ちゃん頑張っていくぜ」って心地よい緊張感を保てるようになったんです。試合のその後のことも考えるようになったんでしょうね。
長生きしなくていいから、一瞬の火花がパッと散るように目の前の試合を命がけで闘う。そういうレスラーは過去にすごくたくさんいました。もちろんそういう「明日を見ない」生き方も魅力的ですし、今でも尊敬しています。でも僕には家族という守りたい存在ができて、責任があるんです。
── プロレスにも家族にもまっすぐに向き合ってきたからこそ、プロレスと家族との間にあったはずの矛盾までもが棚橋さんの強さに変わったんでしょうね。
僕がいつも試合に行くときに、妻が「危ないことはしないでね」って言うんです。最初は「危ないことをしに行くのに、何を言っているんだろう」と疑問だったんですけど、じっくり咀嚼していったら「無事に帰ってきてね」ということなんだな、って気づいて。危ないことをしに行くのは彼女も承知の上で、それでも僕の仕事を理解して送り出してくれているんですね。
プロレスは相手を痛めつけて、その上で勝たないといけない競技。でも、試合で致命的な怪我を負わせて相手を歩けなくさせたり病院送りにさせたりするのは、プロレスの美学に反していると僕は思っているんです。どれだけ激しい試合をしても、自分も対戦相手も、ちゃんと自分の足で家に帰る。そこには、僕の妻のように待っている家族がいるから。
未来を変え続けてきたエースが見据えるその先
── 棚橋さんにとって、ご家族はどんな存在なんでしょうか。
プロレスってどうしても色眼鏡で見られる歴史があって、今でもイメージだけで「えー、プロレス?」って批判的に受け取られることが少なくありません。そして、プロレスラーはすごくマイノリティーな存在。ましてやその家族は、「プロレスラーの子ども」「プロレスラーの妻」っていう見られ方をするわけです。
でもやっぱり、父としても夫としても、子どもと妻が誇りに思える存在でありたい。そのためにプロレスをもっともっと広めて、プロレス以外の分野でも活躍して、「棚橋の父ちゃんすげえな」「プロレスっておもしろいね」って言ってもらえる未来をずっと思い描いてきました。だから、僕にとって家族はエネルギー源。いつもパワーをもらっています。
── 初主演された映画『パパはわるものチャンピオン』で、棚橋さんが演じられたヒール(悪役)のプロレスラー・大村孝志に対して、お父さんの仕事を受け入れられない息子・祥太が「(チャンピオンに)ならなくていいよ」と言い放つ場面がありました。
「チャンピオンにならなくていいよ」「パパの仕事恥ずかしいよ」って言われたら、へこむだろうな……。でもきっと、そういう未来をも変えることができる。というか、もう変えてきたので。今でもリングに立ち続ける理由は、プロレス界を発展させる夢の途中だから。この映画をきっかけに、ますますプロレスの裾野を広げていきたいと思っています。
── これから、棚橋さんはどんなプロレスをしていきたいですか?
「棚橋選手にとってプロレスとは?」って聞かれたら、いつも「生き方です」って答えているんです。プロレスって勝つこともあるし、負けることもある。プロレスじゃなくたって、例えば仕事の結果が思うように出ない場面ってたくさんありますよね。それでも立ち止まることなく、歩き続ける。やられてもやられても、何度でも立ち上がれる。これが僕が思う「強さ」なんです。
いいときも悪いときもある。人生ってそういうものだけれど、だからこそおもしろい。これからもいかに這い上がっていくかを見せるプロレスをしていきたいし、そういう生き方をしたいですね。そして「棚橋が頑張っているから僕も頑張ろう」「私も頑張ろう」って思ってくださる方々の生きるエネルギーになりたいです。
(文:菊池百合子 / 写真:土田凌/企画:ウエディングパーク/スタイリスト:小林洋治郎(Yolken)/ヘアメイク:山田みずき)
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棚橋弘至さんが本格的な演技に初挑戦した映画『パパはわるものチャンピオン』が、いよいよ9月21日(金)に全国ロードショー!「自分とオーバーラップした」「大村孝志という器に、棚橋弘至がスポっと入った」と本人が語るほどに、今の棚橋さんとリンクした感動作に仕上がっています。プロレスファンはもちろんのこと、プロレスを観たことがなくても楽しめる人生の物語を、ぜひ劇場でお楽しみください。
◯映画『パパはわるものチャンピオン』