
次世代マーケティング研究室
2025.06.25
次世代の発想が、業界の可能性を広げる。産学連携で見えたウエディングの新しい形
結婚に対する考え方が多様化し、結婚や結婚式を選択しない人が増えています。ウエディング業界がこのような変化に対応するには、結婚・結婚式のあり方をアップデートしながら、新しい価値をつくっていく必要があるのではないでしょうか。
そのためのヒントとして、私たちはZ世代を中心とする「次世代」に着目しました。
次世代の価値観を知り、ともにプロジェクトを進めていくことで、業界における新しい選択肢を増やしたい。そんな思いで立ち上げた「次世代マーケティング研究室」の活動を共有し、業界や社会の皆さんと一緒に未来を考える連載をしています 。

今回は、次世代のアイデアを結婚式に取り入れる試みとして、ウエディングパークが企画し、2025年に千葉工業大学と八芳園が産学連携で実施したプロジェクトを紹介します。
2024年には同じ3社による第一弾として、結婚を含めた人生設計をテーマにカードゲームを制作しました。今回の第二弾は、結婚式とカップルの距離を近づけるアイデアを学生が発案。結婚式にあまり使われてこなかった「香り」を用いて、挙式の思い出を記憶に残す演出を検討し、式場で実演しました。
この取り組みの成果について、本プロジェクトに企業の立場から参加した株式会社八芳園の工藤彩乃さんにお話を伺います。千葉工業大学 創造工学部 デザイン科学科から参加した学生の貝津杏咲さん、山口凜さん、福原美瑠さんも交えて、本プロジェクトの意義を考えました。
■ プロフィール
株式会社八芳園 工藤 彩乃(くどう あやの)
八芳園プロデュース事業部 総支配人室マネージャー。2016年入社。ウエディングプランナーとして、問い合わせから成約を担当するアドバイザー業務や、成約から挙式準備を担当するコーディネーター業務を経験。現在は採用・教育担当も兼任している。 公式サイト
次世代との接点づくりから広げる、業界の新たな可能性
── 工藤さんは二年連続で産学連携プロジェクトに参加されたとのことで、参加を決めた背景を教えてください。
八芳園 工藤:ウエディング業界の未来を考えたときに、若い世代に結婚式の魅力を伝えることが重要だと考えているからです。そのためには結婚を意識する前の段階で、式場との接点をつくることが必要だと感じています。
結婚式場って一度も行ったことがないと、敷居が高いと感じがちですよね。でも例えば、大学のプロジェクトの一環で式場を見学したら心理的なハードルが下がり、今後は「八芳園のレストランに食事に行こう」「庭園でライトアップしているから行ってみよう」と気軽に足を運べるかもしれません。
だからこそ、今回のように産学連携の機会をいただけたら、私たちとしては積極的に参加したいんです。学生の皆さんに「結婚式ってこういうものなんだ」と少しでも知ってもらえればと思っています。

▲ 八芳園 プロデュース事業部 総支配人室マネージャー 工藤彩乃さん
── 今回のプロジェクトで学生の皆さんに提示した課題は、どのようなものだったのでしょうか?
八芳園 工藤:「結婚式とカップルの距離をどのように縮めるか」を大きなテーマとして掲げ、「これからの時代の結婚式」を課題にしました。八芳園を舞台にして、より身近に感じられる結婚式のあり方を提案してもらうことにしたんです。
── この課題に決めた背景を教えてください。
八芳園 工藤:八芳園で実際に課題になっていることを解決したいと考えて、社内にヒアリングしました。これに加えて、学生の皆さんに考えてもらうことで広がりがありそうなテーマを選びたいなと思ったんです。
「結婚式とカップルの距離をどのように縮めるか」のテーマは、私たちだけではすぐに解決できておらず、新しいアプローチができないかを模索し続けています。そこで、学生の皆さんから業界に閉じない意見を聞いて気づきを得られたらと思い、「これからの時代の結婚式」に設定しました。

▲ プロジェクトの課題。学生は結婚式の新しいあり方を検討するだけでなく、そのアイデアを式場でお客様に提供する方法を考案し、デモンストレーションすることが目標として設定された
結婚式で「香り」の演出に挑戦。式場が踏み切った理由とは
── プロジェクトの進め方は、どのような設計にしたのでしょうか。
八芳園 工藤:企画立案と実証実験の2つのフェーズに分けました。前半は、学生の皆さんが課題に対するアイデアを自由に発想し、そのなかから私たちが実証実験フェーズに移す提案を選びます。そして後半で、選ばれた提案をお客様に提供できる形にするために、デモンストレーションに向けて準備してもらいました。

▲ 全体のスケジュール。プロジェクトの過程ではデザイン思考の講義や八芳園の見学などが実施された
── 企画立案フェーズでは、学生の皆さんからどのようなアイデアを提案したのでしょうか。
学生 貝津:私たちが提案したのは、プロジェクションマッピングでふたりの思い出をゲストのお皿に映し出す演出です。Z世代の写真や映像を残す傾向と、八芳園で大切にされている食事に着目し、食事と映像でふたりの人生をたどれるゲスト参加型の結婚式を目指しました。
── 学生のアイデアを聞いて、工藤さんはどのような気づきがありましたか。
八芳園 工藤:私たちは新しいアイデアを考えるときに、どうしても現実的な制約が先に頭をよぎってしまいます。例えばプロジェクションマッピングの案があっても、「テーブルレイアウトが変わったらどうするのか」といった運営面の課題で、自分たちにストップをかけてしまいがちです。
でも学生の皆さんはそうした制約に縛られず、自由に発想してくれました。短期間でも私たちからは生まれないアイデアを提案してもらえたことは、産学連携ならではの価値だと感じています。

▲ 左から、八芳園 工藤さん、学生 福原さん・山口さん・貝津さん
── 学生の提案から、実証実験フェーズに移す案としてどの案を選んだのでしょうか?
八芳園 工藤:全4案の中から結婚式に「香り」を使う案を選びました。「Z世代は写真や動画で『記録』に残すのが得意だが、『記憶』には残せているのだろうか」との問題提起から、香りを式の演出に使うことで、結婚式の思い出を記憶に残す提案です。
── このアイデアを選んだ理由を教えてください。
八芳園 工藤:産学連携だからこそチャレンジできるテーマだと考えたからです。
実は式場での香りの演出は、これまで実現が困難とされてきました。会場の入れ替えの際に香りが残ったり、香りがお食事の邪魔をしたりする懸念があるからです。こうしたリスクを考えると、私たちとしては二の足を踏んでしまい、業界で敬遠されてきた背景があります。
でも、業界の常識に縛られない学生ならではの視点で、私たちが避けてきた領域に光を当ててくれました。そんな産学連携だからこそ生まれたアイデアに賭けてみたいと感じたんです。もしかしたらその先に新たなサービスにつながる可能性もありますし、業界の可能性を広げるチャンスだと考えました。

▲ 学生が作成した提案スライドより
お客様に提案できるレベルに仕上げた、香りの演出プラン
── プロジェクトの後半は、香りを使った結婚式の演出を形にしたんですよね。どのような演出に仕上げたのかを教えてください。
学生 福原:私たちのチームは、感動の瞬間に自然と香りを感じられる体験型の演出を提案しました。ゲストの心が動いたタイミングで香りの広がりを感じられると、香りと一緒に結婚式を記憶しやすくなると考えたからです。
学生 山口:私たちが提案したコンセプトは「香りを重ねる」です。八芳園が大切にしている「重ねる」のキーワードと、結婚式を通じておふたりが愛を重ねていく意味を結びつけています。演出の一つである「香りの誓い」では、おふたりが互いの手首に香水をつけて合わせることで、二人だけの香りを創り出しています。

▲ 最終発表では、デモンストレーションを実施。誓いのキスの代わりに、それぞれの手首に香水を吹きかけて香りを重ねる「香りの誓い」をプランナーが実演
── 実証実験に向けて、何に注力したのでしょうか?
学生 貝津:プランナーの方々にとって説得力のある企画にするために、私たちの提案が式場で使われている様子をイメージできる成果物を仕上げました。香りの演出に使う式次第は八芳園で実際に使われているものを元にデザインし、お客様が疑問に思いそうなことをまとめてQ&Aシートを制作しています。
学生 福原:式場の制約を踏まえて「30分後に会場の入れ替えがあっても香りが残らないか」「シャボン玉が付着したら服にシミができないか」などの検証を重ね、実現可能性を高めることを重視しました。香りの専門講義で学んだ知識も活かし、プランナーの方々の懸念を解消できる提案にしています。

▲ 香りを演出に用いるために、学生が香りについて学べるセミナーを実施。香りのサービスを提供する「なまえ香」の日紫喜友紀さんから、香りを商品として取り扱う上で知っておくべき知識に関するレクチャーを受けた
── 実演に向けて準備している段階では、工藤さんからどのようなフィードバックをされたのでしょうか。
八芳園 工藤:実現可能性を高めるために、2つの視点でフィードバックしていました。1点目は、八芳園のブランディングにふさわしい提案になっているか。2点目は、現実的に式場でこの演出ができるのか。
でも2点目に関しては、学生の皆さんは私たちが気になりそうなポイントを先回りして検証し、シミの濃度や紙質の違いまで確認していて、準備のレベルの高さに驚かされました。

▲ 検証の様子。さまざまな素材と香りの濃度を組み合わせ、香りが会場にどの程度広がるか、シミは残るのかを実験し、提案資料や検証シートにまとめることで、プランナーの納得度を高める提案に仕上げた
── プロジェクトの集大成である最終発表には、どのような感想を持ちましたか?
八芳園 工藤:最終発表に参加したプランナーが、「なぜ学生がこんなに八芳園らしい提案ができるんですか?」と驚いていて。学生の皆さんが、自分たちの力で八芳園らしさを理解して表現したことに感激していましたね。
誓いのキスの代わりに香水を重ねたり、ハンカチに香りをつけたりと、プランナーにとって新しいアイデアがたくさんありました。結婚式で使われてこなかった香りも演出に取り入れられることを、学生の皆さんが証明してくれたと思っています。
── 実証実験フェーズでは「実現可能性」を意識したとのことですが、学生が考えた演出はお客様に提案できるものになったのでしょうか。
八芳園 工藤:はい。香りの演出を希望されるお客様に自信を持っておすすめできるプランだと感じたので、完成した資料はプランナーチームと共有しました。香りにこだわりをお持ちのお客様がいらした際には、学生の皆さんのアイデアをプランナーからご提案したいと考えています。

▲ 香りの演出に関する提案資料。お客様に渡すことを想定し、八芳園らしいデザインに仕上げている
真の多様化を実現するために、産学連携が業界にもたらす価値
── このプロジェクトを経て、学生の皆さんにはどのような変化がありましたか?
学生 貝津:ウエディングと聞くと厳格な業界をイメージしていましたが、今回の「香り」のように新たなテーマに挑戦できて、新しい結婚式の選択肢がどんどん増えていることも知り、柔軟でチャレンジングな業界なのだなと印象が変わりました。
学生 山口:私は昨年の産学連携プロジェクトで学んだ「結婚は人生の節目の一つである」との考え方を、今回に活かすことができました。二年連続で参加したことで、学びがつながったと感じています。
学生 福原:参加する前は結婚式の知識を全く持っていなかったのですが、プロジェクトのおかげで結婚式に対する心理的なハードルが下がり、私も香りの演出を取り入れた式を挙げてみたいと思うようになりました。

▲ チャペルでの実演の様子。学生はプロジェクトを通じて複数回にわたり八芳園を訪問。式場への心理的なハードルが下がり、結婚式を自分ごととして捉えることにつながった
── 企業としては、今回のプロジェクトにどのような意義を感じられましたか。
八芳園 工藤:形式にとらわれない、おふたりらしさを大切にする、といった結婚式の多様化が業界として求められていますし、八芳園でも推進しています。
でも学生の皆さんの意見を聞いて、多様化と言いつつも「これは実現できない」「これは結婚式に取り入れないほうがいい」と決めていたのは私たちだったんだ、と気づかされたんです。実現できないと思っていたことでも、チャレンジしてみたら実現する方法があることを、プロジェクトを通じて私自身が学びました。
誰もがその人らしい結婚式を挙げられる業界にしていくために、既存の枠組みにとらわれず、本当の意味で結婚式の自由度を上げていく必要があると思います。そのために、次世代の自由な発想に触れることが不可欠だと実感しました。
業界が無意識につくっていた制約に気づき、新たな可能性を発見できる。これこそが産学連携の価値であり、業界の未来を拓く重要な取り組みだと確信しています。

(取材・文:菊池百合子 / 写真:関口佳代/ 企画編集:ウエディングパーク)
香りの講義提供

日紫喜 友紀(ひしき ゆき)
「なまえ香」創案者・調香家。名前の響きから香りを手作りし、大和言葉の美とともに祖先の想いを丁寧に香袋へと紡ぐ。京都市左京区在住、三重県出身/俳人(山口誓子系名古屋天狼会故塚腰杜尚師事)/音相理論研究員兼コーディネーター
なまえ香は両親や家族の想いや願いが込められた名前の表情(音・リズム・響きの感性部分)から香を創るオーダーメイド個人特性等独自の調合工程を踏まえ、貴方だけのレシピから手作りで調合。多くの方が忍ばせやすい、ほのかな香りを提供しています。最近は結婚式での両親へのプレゼントとしても注目されています。公式サイト
産学連携を行った研究室のご紹介

千葉工業大学 西田 絢子(にしだ あやこ)
千葉工業大学 創造工学部 准教授。デザイン科学科にて、プロジェクトデザインを中心にさまざまな社会課題の解決および研究に従事。プロジェクトを設計し、その過程をもデザインできるリーダーの育成を目的に活動している。 公式サイト
企画者のコメント

株式会社ウエディングパーク
松浦 歩美(まつうら あゆみ)
ウエディングパーク 次世代マーケティング研究室 プロデューサー。式場の広告営業を経て、フォトウエディングのメディア開発、新規サービスのディレクションを担当。次世代マーケティングの必要性を提案し、研究室を設立。
大切な人とのつながりを再確認し、関係性を結び直す大切な機会となる結婚式。現代社会では、核家族化やネットの普及により、コミュニケーションの質や形が変化し、結婚式で得られる体験の希少性はさらに高まっていると感じています。そのような社会的背景がある中で、学生の豊かな発想で、従来の結婚式の固定概念にとらわれない、これからの時代に求められる結婚式の形を具体化してもらいたいと考えました。これまでの経験があるがゆえに、蓋をしていたチャンスがあること、そして不可能だと思っていたことも熱意とアイデア次第で実現できることを学生たちに教えていただきました。これからも業界の皆様とともに、結婚・結婚式の可能性を一緒に追求していきたいと考えています。