「リアルかデジタルかではなく、ハイブリッドで考える」“お客様起点”で推進する八芳園のDX【Wedding-UP DX ~デジタルの可能性を探る~ #001】

「リアルかデジタルかではなく、ハイブリッドで考える」“お客様起点”で推進する八芳園のDX【Wedding-UP DX ~デジタルの可能性を探る~ #001】

昨今、日常的にも耳にする機会が増えている「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉。経済産業省によると「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されています。

新型コロナがきっかけで社会全体のDXが急速に進む中、ウエディング業界も変革を迫られています。結婚式を取り巻く環境やニーズの変化に応えるためには、DXが必要不可欠だと言われるようになったのです。

しかし、結婚式という「リアルであること」を前提とするサービスを提供してきたウエディング業界はデジタル化が進みにくく、現状、DXが推進されているとは言い難い状況です。

そこで結婚あした研究所では、業界のDXを推進すべく、早くからDXに注力している企業を取材し、なぜDXが必要なのか、注力するに至った背景を発信する「Wedding-UP DX ~デジタルの可能性を探る~ 」という新企画をスタートします。

第一弾となる今回は、業界初の結婚式オンラインプラットフォーム「WE ROOM」をリリースし、いち早くDXに取り組んでいる八芳園を取材。同社執行役員 統括支配人の関本敬祐氏に、DXに踏み切った背景や実際の取り組み、ウエディング業界におけるDXに対する思いについてうかがいました。


■プロフィール
株式会社八芳園
昭和18年の創業以来、豊かな自然環境づくりと、食生活への奉仕を通して、社会に貢献する総合イベントプロデュース企業。「日本のお客様には心のふるさとを。海外のお客様には日本の文化を。」を理念に掲げ、結婚式をはじめとした、宴会・レストランなどの企画運営を展開、都心にありながらも江戸時代から続く約1万坪の由緒ある庭園を維持し、お客様へ至福の時を提供している。公式サイト


業務改善から顧客のためのDXへ。コロナ禍で変わったDXのあり方

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画像提供:八芳園

――まずは、八芳園でDXを強化しようと思ったきっかけを教えてください。

もともと社内の業務改善のために、コロナ禍以前からクラウドサービスを導入するなど、はじめは「デジタル化」を進めていました。

最初は5年前に入れた、勤怠管理システムです。それまでは、1日最大300人のサービススタッフの勤怠管理をタイムカードで管理していました。そのため、残業が発生した場合などは手で計算する日々…。しばしば「このやり方っていつまでやるんだろうね」という話が出るようになり、なんとかこの手間を省かなければと考えて導入したのがきっかけです。このシステム導入がうまくいったので、現在では全社員が同じ勤怠管理システムを使っています。

その後も、主に人事・労務まわりのクラウドサービスを導入していきました。人事評価もそれまでは紙に記入して管理していたのですが、紙は紛失したら終わり。書類管理の負担を減らすことができたのもよかったですね。

――コロナ禍以前からデジタル化に取り組まれていたのは、何か大きな理由があったのでしょうか?

一番の理由は、業界が抱える共通の課題です。今後、婚姻組数が減少していくと言われている中で、会社全体の利益構造を変えていかなければいけない。そこでまず手をつけたのが、バックオフィスの業務改善や人員配置の最適化でした。そのためには、アナログだけに頼るのは限界があると考え、デジタルツールの導入を考えたのです。

管理部門を主体としたデジタル化を進めていき、5〜6年かけて会社全体の利益構造の変革、いわゆるDXを推進する計画を立てていました。しかしその矢先に、コロナ禍になってしまった、というかたちです。

――コロナ禍になり、デジタル化に一気に拍車がかかったとうかがいましたが、具体的にどんな変化があったのでしょうか?

まずは、お客様との打ち合わせに「Zoom」を導入しました。Zoom以外にも候補となるツールが他にもありましたが、自分たちがどのツールを使いたいかよりも、お客様はどのツールが使いやすいのかという視点を大事に比較検討した結果、Zoomを選択しました。

最も大きな変化が起きたのは「電子契約」の導入です。オンライン接客がうまくいって、お客様が当社での挙式を決めてくださった段階で困ったのが「遠隔でどうやって契約するか」ということでした。
電子契約の導入後、対面だと2時間かかっていた契約業務が、電子契約ならたった15分で済むようになったのも画期的でした。業務の効率化にもなるし、お客様の負担も減るので、これはおすすめしたいですね。

――オンラインの接客でデジタルツールを使用することに対して、お客様からの抵抗感はありませんでしたか?

あまりなかったですね。コロナ禍を機に、DXやデジタル化が社会的に急速に浸透したというのが大きいと思います。Zoomや電子契約にしても、お客様のほうが理解されていることも多いんですよね。

むしろ、スタッフの方が「このツールを使ったらお客様が不安がるんじゃないか」と心配する声が多かったように思います。ただ、それはおそらく自分たちの方が知識があると勘違いしているからこその発想です。お客様のほうが熱心に情報収集をされているので、私たちより情報を持っていることが多い。だからお客様のことを変に心配しすぎて、導入しないというのは「もったいない」、その一言に尽きますね。

現場との軋轢を生まないために。DX導入にあたって大切にした2つのこと

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画像提供:八芳園

――コロナ禍になって、即デジタル対応しなければならない場面も多かったと思います。次々と新しいシステムをスピーディに導入するにあたっては、さまざまな障壁もあったのではないでしょうか。

そうですね。特に、最前線でお客様と向き合う営業部門や調理部門の現場スタッフが「デジタル」への抵抗感を抱いたことですね。その抵抗感を少しでも緩和させるために、新しいシステムを導入する際には、バックオフィスから導入するようにしていました。

新しいシステムを導入する場合、わかりやすく効果が出る最前線の現場に入れようとしがちです。しかし、現場、特に前線で働くブライダルプロデューサーは日々お客様の相談を受けているので、精神的負荷もものすごく大きい。お客様としっかり向き合いながら効率的に仕事をする、この2つを両立させるのは難しいと感じてしまうでしょう。プロデューサーにはお客様に寄り添うという仕事に集中させてあげたいんです。

そういったことをふまえて、まずはバックオフィスにシステムを導入することで、お客様とは直接関係ない部分の業務を効率化しプロデューサーの働く環境を整えていく。そこで効果が生まれて、現場社員も少しずつ慣れてきた段階で、徐々に導入範囲を広げていくというステップを踏みました。

――システムを導入するにあたっては、現場社員に、操作に慣れてもらうだけでなく、気持ちの負担も軽くするというのが大事なんですね。

システムを導入するときは、私が直接説明しに行って、現場社員にデモンストレーションを行っています。管理部門からこのシステムを使ってくださいと一方的に指示するのではなく、現場に近い人間から直接レクチャーされたほうが受け入れやすいことがあると思います。導入前はデジタルに懐疑的だったとしても、隣で実際に教えて一度触ってもらえれば「あれ、便利かも」と前向きに使ってくれるようになるんです。

いま、レストランでサービスロボットを導入しているのですが、最初はサービススタッフの猛反対を受けました。そこで「料理を運ぶために時間を使うよりも、ロボットを導入して、空いた時間をお客様と会話を楽しむ時間にあてる方が価値を還元できるのではないか」という話をしたところ、ロボット導入に対する考え方に変化が訪れたんです。DXはすべてお客様起点で考えることを伝えるようにしています。

――導入する際には経営陣の理解も得る必要があると思いますが、そこはどのようにクリアされたのでしょうか。

現場社員と同じようにデモンストレーションをやって、実際に触れてもらうようにしました。一生懸命資料で説明するよりも、利便性や業務効率が上がることを体感してもらったほうが早いですからね。特にこういうご時世で投資することに慎重になっているので、コスト以上の効果を実感してもらうことが大切です。

導入の最終決定は経営陣がおこなうのですが、経営陣が入れたいシステムを採用するという方針ではなく、スタッフの業務負担が軽くなるなら導入しようというスタンスで考えてくれるのも大きいです。業務効率が上がれば、それがお客様のためになるという考えは経営陣も一貫しています。

オンラインかリアルかではなく、ハイブリッドで考える

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結婚式のためのオンラインプラットフォーム『 WE ROOM 』(画像提供:八芳園)

――業界的にはお客様と対面する「リアル」の場を重視するのか、「オンライン」や「デジタル」に置き換えるのかを悩まれている方も多いと感じています。

我々は、これからは「リアルかデジタルか」という話自体がなくなっていくと思っています。

確かにコロナ禍が始まった当初は、「リアルの場で対面するのが無理だから、オンラインで代替しよう」という流れだったかもしれません。しかし、あれから1年半経ったいま、八芳園では対面での接客を再開していますが、並行して商談にZoomも使っています。

これはお客様からすると“選択肢が増えた”ということ。リアルかオンラインかと分けて考えるのではなく、「このお客様に対しては、どのように対応するのがベストか」と考えた結果として、リアルとデジタルがハイブリッドされたサービスを提供すればいいのだと思うんです。我々が開発した、結婚式のためのオンラインプラットフォーム『 WE ROOM 』もその最たる例だと言えますね。

――DXを推進する八芳園の今後のビジョンをおしえてください。

DXに対しての捉え方が確実に次のフェーズに向かっていると感じています。もともとは業務改善に繋がるデジタル化からスタートしましたが、コロナ禍をきっかけにお客様のためのDXになって、今後はさらにお客様への価値提供を高めるために、リアルとデジタルをハイブリッドさせていくDXへと進化していくと考えています。

我々がDXをやっているのは、ただシンプルに、お客様の要望に対してその場で「Yes」と言える状況をつくりたいから。見方を変えれば、プロデューサーが自信を持ってお客様に接客するために多くの選択肢を手渡したいということ。新しいシステムを現場社員も楽しく使ってもらうために、「なんでDXをやっているのか」というシンプルな想いを、もっと現場に伝えていければと思っています。

――DX先進企業である八芳園から見て、ウエディング業界全体としてもDXが重要だと思われますか?

もちろんです。ひとつは冒頭でもお伝えしましたが、この業界の将来に関係します。婚姻組数がどんどん減っていく中では、これまでの業務を改善していかないと、むしろ会社や業界自体が持たなくなっていくというのがシビアな現状だと思います。

そしてもうひとつは、リアルとデジタルをハイブリッドして顧客価値を向上させれば、結果として日本の婚礼文化を守っていくことにつながると考えているからです。

ウエディング業界に携わる人間として、「リアルにこだわる大切さ」はよくわかりますし、我々もやはりお客様と実際に対面できる場が大好きです。だからこそ、その「リアル」の価値をもっと高めていくために、デジタルと共存していくことが必要不可欠だと思います。

もちろん、システムを導入してすぐに何かが変わるわけではないですし、最初は風当たりも強いです。でも粘り強く2、3年続けていくと、いつしかそれが当たり前になっていきます。DXは長期戦ですので、ぜひ長期的な視野に立った上で、最初の一歩を踏み出してみてほしいです。ウエディング業界全体のために、これからもDXを推進していきたいと思っています。

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