結婚
2020.02.10
自分と他者の違いが浮き彫りになるから、結婚も子育てもおもしろい。漫画編集者・助宗佑美さんが思い描く家族のあり方
「人間というのは、自分のためだけに生きて、自分のためだけに死ぬというほど強くはない」
作家・三島由紀夫が演説で語ったこの言葉は、他者との関わりを考える上で興味深い視点を与えてくれます。
「人間は何か理想なり、何かのためということを考えているので、生きるのも自分のためだけに生きることには飽きてしまう」。
『東京タラレバ娘』で知られる東村アキコさんをはじめ、たくさんの担当作を持つ編集者・助宗佑美さんが結婚を選んだ理由は、三島の言葉のように「自分のためだけに生きることには飽きてしまう」感覚があったからなんだとか。
「結婚によって自分は自分、他者は他者だと実感した」と語る彼女は、「飽きてしまう」感覚からどう変化していったのでしょうか。専業主夫として子育てを担うパートナーとの関係のあり方を教えてもらいました。
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■ プロフィール
助宗 佑美(すけむね ゆみ)
漫画編集者。2006年に講談社入社。『東京タラレバ娘』『海月姫』の東村アキコさんら、これまでに50名以上の漫画家を担当する。現在は漫画家の担当編集を続けながら、女性向けの漫画が読めるアプリ「Palcy」の編集長も務める。2018年には関西テレビ系『セブンルール』に出演。2011年に結婚、専業主夫の夫と7歳の息子と3人暮らし。
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自分と違いすぎるパートナーが興味深くて結婚した
── どんなきっかけでご結婚されたのですか?
自分の人生を自分だけで生きている日々に飽きたのかもしれません。
── 自分の人生を自分だけで生きる、とはどういうことでしょうか。
結婚前は、常に自分の思うように自分のためのことをする日々でした。特に漫画の編集者って、漫画家さんと人生観や恋愛観についてたくさん話す機会があります。会話を作品に反映させていくので、仕事中に自分の考えを相手に伝え、相手の話を自分に取り入れるやりとりが日常なんです。
そうなると、起きている時間のほとんどは自分と向き合います。日々「私ってこういう考え方なんだな」と明確になるので、自分を自分で解釈できてしまう。自分を知り尽くすことはなくても、「自分のこんな一面は知らなかったかも」といった予想外が発生しなくなっていたんです。
── 家族以外の人間関係においては距離感を選べるから、他者に踏み込まれない部分の「自分」は意外と変化しなくなっていくのかもしれませんね。助宗さんにとって今のパートナーはどんな存在だったんですか?
夫は私の真逆の存在です。私は幼い頃から漫画を読んできましたが夫はあまり読みませんし、人間関係の築き方や陽気さも違います。理解できない部分ばかりだからこそ、夫に興味を持って長く結婚生活を続けていけるかな、と思って結婚しました。
「運命」の関係じゃなくても、一緒に歩いていける
── パートナーと「理解し合いたい」とは思わなかったのでしょうか?
「彼氏と同じ価値観でいたい」と思う時期もありました。少女漫画って、関係がギュッと近づく過程を描くものが多いですよね。そういう漫画をたくさん読んできたので、恋人と共感し合う関係になりたいと思っていました。
── 次第にパートナーとの関係に求めるものが変わっていったのでしょうか?
そうですね。結婚を決めた頃は、理想と現実のギャップに疲弊するループももう十分だと感じていました。当時は恋愛に限らず仕事においても、相手と自分が一緒になることを求めていたんです。一つでも共感ポイントがあると、「私たちってズッ友だよね」「最高のパートナーだよね」と相手に期待してしまって。
でも相手と自分が同じわけがないですし、相手も自分も変化していきます。そうなると、「同じ」を求めているからこそ浮き彫りになる「違い」が悲しくて、「同じ」であることに執着しちゃうんですよ。
次第に「なんでもっとギュッと近づけないんだろう?」がストレスになっていき、一人で悩んで紆余曲折することに飽きた、と思うようになりました。
── 「同じ」を求めていた助宗さんが、今のパートナーとの「違い」を受け入れたきっかけはありましたか?
付き合い始めたばかりの頃、夫がカサブランカという名前の百合をプレゼントしてくれたんです。私にはその花にまつわる思い出が全くなくて、一人暮らしの家に大きくて花粉がたくさん落ちる花をなぜ…と思いました。
聞いてみたら、同じ名前の映画を夫が好きで、パートナーに好きな映画と同じ名前の花をプレゼントしたいと思ったそうで。そこにある彼の私には関係ない物語を聞いて、「他人なんだな」と感じましたね。
一方で、私は中学生の頃スピッツが大好きだった。14歳の頃に買った『チェリー』のCDをいつか結婚する相手にプレゼントしよう、と思っていました。大人になって久しぶりにそのCDを手にしたら「私の勝手な歴史だ…」と恥ずかしくて(笑)。
漫画のように「じつは俺もスピッツ好きだったんだよね」「わあ、一緒!」と「同じ」になる展開に憧れたときもあるけれど、現実は、私はスピッツが好きで彼はカサブランカが好き。それでいいんです。別々の人生がたまたま接しただけなのに、期待を相手に押しつけるほうがお門違いだと気づかされました。むしろ、全てが合致しなくても大切なポイントが合致していれば、関係を築いていけます。
── 助宗さんが「同じ」でいたいポイントはどこなんですか?
倫理観です。例えば飲食店で店員さんにどう接するか、お年寄りに席をゆずるのかといった、自分がこの行いをするのは正義に反する、と思うポイントが夫と一致していると思います。デートをしていて楽しかった場面よりも、困ったことや不快な出来事がおきたときの彼の共感できる態度のほうが覚えているんです。こういう核はその人の性質なので、あまり変わらないのでしょうね。
特に私たちは結婚してすぐに子どもが生まれて、夫が専業主夫になり、大きな変化を迫られるタイミングが早かったんです。子育てをし始めた頃は夫と考え方が合わなさすぎて、「この結婚は大丈夫なのだろうか?」と思うときもありました。その過程でも、二人のなかにある核の部分が一緒であれば大丈夫だ、と私も彼も支えにしてきたように思います。
たくさん話して、違いをおもしろがる
── お二人は、一番大切にしたい部分は同じで他は全て違うのだ、と受け入れているんですね。
「わかるわかる!」と言い合える相互理解は、気の合う漫画家さんや会社の仲間、友人とできれば十分です。自分とは違うとわかって結婚しているので、夫によって自分には予想外の出来事があっても怒りが全く湧かないですし、「わかってくれるだろう」と期待も持ちません。
── 違う部分がたくさんあるお二人が、パートナーシップにおいて意識していることはありますか?
とにかく話すようにしています。何も言わないでタイプの違う夫にわかってもらえるわけがないし、私も言われないとわからない。嫌なこと、フェアじゃないと思うこと、細かいところもすべて言います。
── よく話すようになったきっかけはなんでしょうか。
子どもができたとき、夫が仕事を辞めて専業主夫になり、私が仕事を続ける道を選びました。ただ、夫はほとんど家事ができなかったんです。一人暮らししたことがないから、料理の時に「ひとつまみって何?」って(笑)。家事をできる人が担当したわけではないので、言い合うのが当たり前になりましたね。
現状の社会ではマイノリティーな役割分担を選んだからこそ、「チーム助宗家の3人で仲良くやっていこうぜ」と結束できた面もあると思います。夫が子育てしていると、保育園の送り迎えに来るパパが他にいなかったりママ友の関係に入りにくかったり、逆に私は「仕事を続けられていいね」と言われることもあるんです。
だから子育てを始めてからのほうが、お互いに「こういう体験をしてこんな気持ちになった」とよく話すようになりました。「急いでおむつを替えたいとき、男性トイレにおむつを替えるところがなくて焦った」と夫から聞いて、自分の生活をしていたら気づけなかった視点を学んでいます。
── 結婚した理由である「自分の人生を自分だけで生きている日々に飽きた」感覚は変わりつつありますか?
そうですね。誰かに合わせた時間の過ごし方が発生すると、自己が分断されてリフレッシュになると気づいたんです。
独身の頃は、自分の選択肢にない時間の過ごし方はありえなかった。でも子どもに「滑り台で遊ぶから、ママ見てて!」と言われてぼんやりと滑り台を見ていたり、夫に誘われて家族で登山に行ったり、自分由来ではない時間を過ごすと自分のことを考えるモードにストップがかかるんです。
「滑り台を見ていて」と言われるからこそ、「自分は別に滑り台を見ていたいとは思っていなかったのだな」と自分を感じ、「でも彼は滑り台で遊びたかったのだな」と他者を感じる。他者の影響を感じると、自己を育てられるのだと学んでいます。
結婚を通じて、家族ですら他者であり、自分とは違う時間の使い方で違う人生なんだなと思うようになりました。これは友人や職場の関係性ではなく、生活をともにする家族になったから実感したのだと思います。おかげで、家族との関係に限らず「合わない部分があっても当然だな」とおもしろがれるようになりました。
パートナーシップを考えるときにヒントをくれる漫画
── 結婚やパートナーシップを考える上で、助宗さんおすすめの漫画はありますか?
今回は、さまざまな他者を知れて関係のあり方を考えるきっかけになりそうな漫画を選んでみました。
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・『シェアファミ』 (著・日下直子 講談社)
編集長を務めるマンガアプリ「Palcy」の連載作です。男性だけでワンオペ育児をしなければいけなくなった人たちが、シェアハウスに集まって子育てに奮闘する物語。結婚しても、形は変化していく。その変化にどう向き合うのかをテーマにしています。
・『1122』 (著・渡辺ペコ 講談社)
婚外恋愛をお互いに許可しながら婚姻関係を継続する夫婦の物語。時間が経つと夫婦がどう変わっていくのか興味があり、好きな作品です。
・『きみの家族』(著・サメマチオ 芳文社コミックス)
ぎゅっと近くにいるのではなく、たまたま同じ箱の中にいる家族のあり方を描いています。結婚した頃に買って、「こういう関係がいいな」と思えました。
・『妻は他人』(著・さわぐちけいすけ enterbrain)
気遣いあいながら関係を育てている夫婦の物語です。仲良いけれど期待しすぎない温度感がおもしろいなと思います。
・『引きこもり新妻』(著・ウラ 講談社)
これもPalcyの連載作ではじまって間もないのでまだ単行本にはなっていないのですが、結婚を選ぶときにこれまでと同じものをすべて持っていることはできなくて、自分はどうありたいのか、そのために何を手放して何を手に入れるのか、「選択」をテーマにしています。
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癒されるも良し、学びのヒントにするも良し。漫画を日常のお供にぜひ楽しんでみてください。
(取材・文:菊池百合子 / 写真:伊藤メイ子 / 企画編集:ウエディングパーク)